晴れのちトキドキ曇り。。☆ Part2

書きたくなった時に気ままに思いをつらつらと…。

心屋さんのところのホームページに載っていないこと

こちらに何度かコメントを下さった re810 さんが
心屋さんのところへ疑問に感じていたことを問い合わせされ、
同じように疑問に思われる方がいらっしゃるかもということで
こちらにコメントの形で書き込んで下さいました。

こちらの記事のコメント欄に書いて下さいました。
  わかりにくい… (^_^;) ( 心屋さんの責任はどこまで? )

今回、こちらに書いて下さったのは
マスターコースに関連したことのみですが
講師の方がカウンセラーとしての資質があるかどうかということは
やはりあまり考慮されていない感じですね。
受講料の設定の理由が、私には意味がよくわかりませんでした。
心屋さんがよく言われる、存在給的なものでしょうか…。
こういうのを、消費生活センターに相談すると
どういう回答をしてくれるのかなと、思ったりします。
相談しませんが (^_^;)

今回、この記事を書くにあたって確認したいことがあり
心屋さんのところのホームページを見に行ったのですが
よくある質問の一つ一つがクリックしても開きませんでした。
どうしたんだ??と思い、他のところも見てみたのですが
表記が変更されていました。
マスターコースの後に、
カウンセラー養成コース という文字が新たに加わっています。
講師の方はカウンセラーとして資質があるかどうか
あまり考慮されていないのでは?? (^_^;)
そのように心屋さんは回答されたのでは?? (^_^;)
それなのに、カウンセラーを養成するコースだという言葉を
わざわざ新たに加えたっていうのは…。
意味不明です…。

よくある質問の一つ一つが開かないのは、
書き換えの途中なのかもしれません。

re810 さんがこちらに寄せて下さったコメントは
全てではないかもしれませんし、
質問の内容もマスターコースに関することのみです。
受講を検討中の方は、
くれぐれも、わからないこと、心配なことはご自身でご確認の上
ご判断くださいね。

***** 関 連 記 事 *************
・わかりにくい… (^_^;) ( 心屋さんの責任はどこまで? )
・心屋流を利用する ( セルフヘルプの一方策として )
・カウンセラーの選び方… ( 私の場合 )< その1 >
・カウンセラーの選び方… ( 私の場合 )< その2>
・愛情を感じる?
・心屋仁之助さんが気持ち悪いわけ
・カテゴリの編集をしました
・ナイナイアンサーの心屋さん < その1 >
・ナイナイアンサーの心屋さん < その2 >


わかりにくい… (^_^;) ( 心屋さんの責任はどこまで? )

最近、拍手と同時にコメントを送ってくださった re810 さん、
ありがとうございます

そのコメントに、
心屋仁之助さんのところの講師のことについて書いて下さったのですが
勘違いをしていたので訂正して欲しいとのお申し出がありました。
私のコメントの返信を読んで勘違いされる方がいらっしゃるのでは…と
心配されたのかな?と思います。
 ※ 私のコメント返信は  
    『 心屋仁之助さんが気持ち悪いわけ 』 のコメント欄にあります。


コメント欄に返信という形で訂正しようかと思ったのですが
いろいろ他にも思うところがあって
長くなりそうだったので記事にしてしまいました。
対応が遅くなってしまってごめんなさい。
少ないコメント欄に書き込んで下さったことを元に書いているので
もし受け取り方に間違いなどがあったら、おっしゃって下さいね

心屋さんのところの認定講師は、マスターコース受講後
何らかのステップを経て認定される仕組みのようです。
( 気になる方はご自身でご確認下さいね )
また、認定講師の方々は心屋さんのブログやホームページに
” 認定講師 ” として紹介されているようです。

re810 さんからコメントを頂いてから、
また少しいろいろ検索をかけてみたのですが、
なんだかややこしいなぁ…と思ったんです…。

心屋さんのところに ” 認定講師 ” として紹介されていなくても
講座のようなことをされている方もいらっしゃるようです。
講師としては認定されていないけれど、
学んだからわかった → 教えられる
と思われた方、
自分で自分を認定した方?なのかなと思います。
わかったことをその方なりの教え方で自由に教えてみえるのでしょうか。

ブログとかに、ただ ” 心屋認定 ” と載っているとしても
何を認定されているのか不明です。
そのカウンセラーさんがされていることは
心屋さんが認定していると勘違いしかねないかも…と思いました。
勘違いした側の責任にされるんだろうなぁ……。

心屋流でカウンセラーをされている方も
肩書き?名乗り方?が統一されていなくて、
んんん???となり、
” 心屋 ” という冠しか印象に残らなかったりしました。

なんだかよくわからん…  とモヤッとしました。

心屋さんのこと、好きくないので
ホームページもブログも、あまりじっくり読みたくないのですが
ホームページの方を、ちょっと頑張って読んでみました。
( あの顔がドドーンと出てくるし……。
 笑顔も無邪気の ” 無 ” が無い感じでなーんか不自然だし…

セミナーの目的を読んでみたのですが
ざっくり言ってしまうと
初級と上級のセミナーは自分の問題を解決するためのもの。
全部ちゃんと受講したとしても、たったの3日です。
マスターコースを受講して、
その後半で他人の問題を解決する方法を学ぶようで、
6回受講したらカウンセリングのテストがあるようです。

マスターコースはBeトレ会員が優先的に受講できるらしく
Beトレで学んだ人というのが前提のようですね。
そういう意味では、Beトレの間に意識的に学んでいれば、
その後のマスターコースの半年間も
有効に使えるかもしれません。
自分を癒すにしろ、他人を援助するにしろ。
ただ、ホームページを見た限りでは
どれだけBeトレに参加して学んだかというのは条件には入ってなさそうですし、
集まらない場合は一般からも募集するようです…。
それと、そのコースの中のテストは落ちることはあるのかな?
合否を出すのは心屋さんなのか、認定講師の人なのか
どっちなのだろう?とも思います。
認定講師の人かなぁ…。

Beトレは1回6千円弱くらいの値段設定なので
比較的良心的なお値段かなと思います。
自分が辛くてなんとかしたい場合は
卒業生が開講するセミナーより、こっちに通って
時間をかけて学ぶ方がいいかも…という気はしました。
担当は心屋さんみたいですし、
心屋さんに直接質問もできるみたいですし。
入り口が心屋さんだった方にとっては一番納得がいくのではないかなぁと。。。

カウンセラーの方をホームページで紹介されていますが、
けっこうな人数ですね。
でも、カウンセラーの紹介のところには
” 認定カウンセラー ” とは書いてありません。
講師は ” 認定講師 ” なのに。
マスターコースを修了すると
心屋リセットカウンセリングマスター認定証
という認定証がもらえるようですが
これって、
心屋のカウンセリングをマスターしましたよという認定であって
カウンセラーとして認定したわけではないってことじゃないかと…。
よくある質問のところに 「 カウンセラーになれますか 」
っていうのがあるのですが
「 カウンセラーになることは可能です 」 という答えを載せています。
私は今までカウンセラーとして認定しているのだと思っていたのですが、
心屋さんはカウンセラーとして認定しているつもりはないとか??

今の日本では
今日から私はカウンセラーです!と言って活動しても
法的には問題なく、誰でも名乗れる状況にあります。
なので、心屋さんの質問の答えの
「 カウンセラーになることは可能です 」 というのは間違っていません。
でも、心屋さんのところのマスターコースで学ばなくても
カウンセラーにはなれるんですよね。
受講する人や、カウンセリングを受ける人が知りたいことは
心屋さんのところで学べば心屋さんのようなカウンセラーになれますか?
ということなのではないかという気がするのですが…。

ホームページの記述を見ると、こんなふうにも受け取れるなぁと
私は思ったのですが
ブログの方では、心屋の認定カウンセラーという言葉を見かけました。
なんか、一貫性がない?
わかりにくくない?
こういう感じだから、カウンセラーの肩書きがバラバラになっているのかなと
私は思ったのですが私だけでしょうか…。

心屋さんのところの講座は高額だし、
何かあった時に ( 訴えられた時とか? ) 困らないようには
考えられている気はするのです。
ホームページの方は言い逃れできるように書かれているような
気もしなくはなく…。
だいぶ意地悪な見方ですけど…

言葉の意味をあまりちゃんと気にしてこなかったのですけど、
心屋さんのところは認定証なので、
認定ってなに?と思って調べてみました。
こんなことを書いている方がいらっしゃいました。
  資格と認定と検定と免許の違い
心屋さんのところのホームページのよくある質問のところに
書かれていることと、ちゃんと同じでした ( ← 認定 )

資格にしろ認定にしろ免許にしろ
自分が何かを知りたいと思って学ぶのも
何を信じるのかも個人の自由です。
それを学んだと認めるのも、認めてもらうのも別に問題ないと思います。
でも、それを使って他人のために仕事をするのならば
認定している人や団体を、その能力を持たない一般の人が
信頼できるのかということが大事だろうと思います。
そうでなければ、仕事としては成り立ちにくいと思います。
その信頼できないのが問題なんですよといって信頼させるのですか?

私が以前持っていた民間のカウンセラー資格ってどういうふうだっけ?
と思い、ちょっと探してみました。
こちらもやはり、認定証でした。
私のブログを隅から隅まで読んでらっしゃる方なら
どこのものなのか、なんとなく想像つくかもしれませんが
その認定証には
○○○協会 公認心理カウンセラーに認定する
と書かれています。
協会の公認カウンセラーとして認定するという表記です。
また、こちらは1年の更新制で、更新のための基準を設けています。
私はこちらの更新の条件に関して、ちょっと疑問を感じるところもあり
もう更新はいいやと思っていますが、
協会が認定した責任を果たすために、こういう条件を作るのも
仕方ないかなとは思います。
この○○○協会のホームページには認定証も、
こういうものですと写真が乗せられているし、
こちらの方が誠実な感じが私はします。
ただ、各コースの金額が書かれていないのが残念です。
問い合わせできるようにはされていますけど。

いつものごとく、長文になって若干収拾がつかなくなっていますが

心が辛い状況になってらっしゃる方々のうちの大半の方は
” 信頼 ” するということに
自信がないのではないかという印象があります。
信じすぎる、もしくは信じすぎない、みたいな。

以前にも書いたかもしれませんが、
信頼することは良いこと、
信頼しないことは悪いことではありません。
信頼できない気持ちが少しでもあるのであれば
信頼しなければだめだと
自分の不安を抑え込むのはやめた方がよいと思います。
無理に抑え込んだものはいつか湧き上がってきてしまいます。
信頼できない、不安なのはなぜか、何に疑問を感じるのか確認することで、
結果信頼できると思えるようになる
というのが気持ちいいと思います。

私の中では心屋さんは、まだ、” 信頼できない ” です。
信頼できるか、とことん調べる気も必要も感じていないので
わかっていない部分もあるかもしれず、
これは私だけの思いです。

マスターコース、40万円台から100万円台まで幅があるのですね…。
会場の違いもあるのかもしれませんが
教えている内容は同じですよね。
ホームページにはっきり理由が示されていないのが謎です…。


***** 関 連 記 事 *************
・心屋さんのところのホームページに載っていないこと
・心屋流を利用する ( セルフヘルプの一方策として )
・カウンセラーの選び方… ( 私の場合 )< その1 >
・カウンセラーの選び方… ( 私の場合 )< その2>
・愛情を感じる?
・心屋仁之助さんが気持ち悪いわけ
・カテゴリの編集をしました
・ナイナイアンサーの心屋さん < その1 >
・ナイナイアンサーの心屋さん < その2 >

べき思考、ねばならない思考


べき思考、ねばならない思考はストレスのもとっていうのを
聞いたことがある方は少なくないのではないでしょうか。

人によっては、
それは悪だ
というくらいに言う場合もあるかと思います。

でも私はその前後に
「 私は 」 と 「 思う 」 がくっつくだけで
だいぶ意味あいの違うものになるのではないかと思うのです。
決して悪ではなく。。。

私が、自分の体験や経験からそうしようと、
自分と約束している感じになるから。
その場合は、ストレスを感じるより
そうすることによる良かったことに焦点が当たって、
やっぱりそう考えようと思います。

信念に近いものになるように思います。

ストレスを感じるのは
私は思うと口で言っていても、あなたもそう思うべきと
どこかで求めているケースや
そうしないと大変なことになると
どこかで恐れている場合ではないでしょうか。
そういう場合っていうのは、
あなたも、と誰かに言われて仕方なくそうしているか
そうせざるをえなくて消極的に選んでいるか…、
ではないかと思うのです。

どちらの場合も
根っこには
「 したい 」 や 「 したくない 」 という思いがあって、
その前には、選ぶ理由があって、
どちらの場合も行動をする必要があって。

前者の場合は、
そうすると良い結果がついてくるから
したくて進んでする。

後者の場合は、
したくないけど良い結果がついてくるから
嫌々する…。

そんな感じではないかなぁと思っています。

ストレスのもととされるのは
したくない、嫌々
が原因ではないかという気がします。
良い結果がついてくるだけにやめにくいから
そこもストレスかもしれません。

嫌々やってないか?
そんなにまでして欲しい良い結果か?
そうしないと得られないか?
そもそも、どうしてそうすることを決めたのか。
総合的に良い結果に本当に繋がっているのか。

今の自分が、という基準で
そういうことを考えた上で、
私はそうすべきと思う!
と決めるのならストレスはグッと減るのではないかなぁと思います。




心屋流を利用する ( セルフヘルプの一方策として )

『 心屋仁之助さんが気持ち悪いわけ 』
の記事にいただいた
mi2aさんの2度目のコメントを読んでいて思いついたのですが…。
( mi2aさん、ありがとうございます
でも、今記事をUPしようと思ったら2回目にいただいたコメントが消えてる?
あれれ?? )

心屋さんのお気持ち金制のオープンカウンセリングの場を
自分と似たような悩みを抱えた仲間を探すための
ツールの一つとして利用する
のもアリかなと思ったのです…。

何回か足を運べばそこで顔見知りになる人も
いるかもしれません。
心屋さん関連の場所に来ている時点で、
参加メンバーには共通項が多いかもしれません。
休憩時間 ( あるのか知りませんが ) や終わったあと
話しかけてみるといいのではないでしょうか。
帰りにお茶にでも誘って
話せそうであれば、
定期的に決まった場所で日にちや曜日を決めて会って
悩みを分かち合うようにするんです。

少しずつ人数を増やしていけば、
行ける時に行けるメンバーだけで会うっていうことも
できるようになるかもしれません。

心屋一門に頼らず、小さなセルフヘルプグループを作る感じ。
 *セルフヘルプグループに関しては
   「 続きを読む 」 以降に記述します。

心屋さんのところのオープンカウンセリングは
ボランティア、社会貢献、一人にしない
ためのもののようです。
使える社会資源、福祉制度のようなものと捉えて
利用してもいいと思います。
自分なりの目的を持って参加すれば
心屋流に振り回されることも少ないかもしれません。
( ただ、本を持っていくのが義務みたいですね… )

堂々と少額で参加して仲間探しをしたらいいのではないかと思いました。
一人にならないようにと、
カウンセラーさんが本当に望んでくれているのなら
そういう行動も応援してくれてもおかしくないはずです。
お気持ち金制に遠慮も必要ないと思います。
集まったお金は困っている人に寄付されるようですが、
オープンカウンセリングに行く人も
間違いなく困っている人のはずなので
そういう状態で社会貢献を考える必要はありません。
社会貢献は自分ができる時にできる範囲ですればいいはずです。



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悪くはなかったのかな…

お久しぶりです

久々にお仕事系の記事をば。。。

最近、ある生徒さんから
3年間ありがとうございました
というようなお礼の言葉をもらいました。

お礼の言葉をもらう機会は少なくないのですが、
今回の場合は私にとってかなり感慨深いものがありまして…。

私の相談室に来談する子どもたちの傾向は
10年くらい前 とはだいぶ変わってきています。

動から静に変化?って感じかな… ( 意味不明?

以前の方が外に見えるSOSが派手だったように思います。
深く切ってしまうリストカットや派手な反抗・反発、
わかりやすい感情の変化など。
以前は年に1人くらいは統合失調症のケースに出あっていましたが
ここ数年は全く出あっていません。

ここ数年もっとも多いのが
発達障害やそのグレーゾーン?と思えるようなケースです。
診断されて入学してくる子も増えましたが
診断されていないけれど、
子どもたちを見慣れた先生方が見ると
差がないのでは?と思えるようなケースが少なくありません。

困っているということ自体を認識することが不得手だったり、
言葉にして出すということがひどく不得手だったりで、
私と関わることで何かプラスになればと
そんな理由で先生方に紹介されてくるケースも増えました。

俗にいうカウンセリングという時間にはならないケースも多く、
これでいいのか…?という不安を抱えつつ関わっています。
以前も主体的に動く子どもたちは多くなかったので
そういう傾向はありましたが、
ここ数年、その度合いはさらに増していました。
私一人で抱えているのではなく、
先生方と協力しつつ関わっているのでそこにもだいぶ助けられていますが。

先の生徒さんは、その中でも
これでいいのか…??ということを
最も感じつつ関わっていた子だったのです。

面談の時間中もその子が自発的に話をすることは一切なかったし
こちらが話をふっても興味の範囲は極めて狭くて深まることもなく、
内容も同年代の子と比べると子どもっぽさが際立っていました。

自発的にお礼の言葉を発するということは想像できなかったので
その場では驚きが強くて、一瞬混乱しました
「 私もありがとうね。いっぱい来てくれたし、いっぱい話したね 」 と
わちゃわちゃしながら(笑)応えました。

ありがとうという気持ちをどれだけ感じて発してくれているのかは
わかりません。
こういう時にはこうするべきだと教わっていて発した言葉だったかもしれません。
でも、私にとってはとても意外でした。
このタイミングでこの言葉を相手に言おうと選択したということが
とても意外でした。

面談が終わってから、若干放心状態だった私。
ジワジワと感動が湧き上がってきて
共に今後を案じていた養護教諭の先生にウルウルしながら話しました。

私と会う時間がその子のためになっているんだろうか…と
感じ続けていた3年間でしたが
その一言に救われる思いでした。

卒業のためにやりたくないことをしなければならなかった3年間は
その子にとってかなりしんどい期間だったのではないかと思います。
今は進む方向もなんとか決まり、
心身ともにひと段落してゆったりした時間をすごしているところだと思います。
本来の自分でいられる時だったからそういう言葉を発してくれたのかもしれません。

義務教育の期間は、
比較的、無理をせずやってこられても、
その後は社会に出て、自立していくということを考えていかなければなりません。
経済的にゆとりがあったり、学ぶ気があれば、
社会に出ることを先延ばしにできますが
どちらもあまりない…という
そういう場合、今までやれてこなかったことを
急にやらなければならないという感じになることも多いです…。

どういう子どもの多く集まる学校かで差も大きいと思います。
私がいるところは学力だけでなく、
生活の中で身に着けてこられなかったものをいろいろと持っている
子どもたちが少なくありません。

この頃、子どもたちと話していて混乱することがあるのですが、
こう言った、ああ言ったと話していても
ラインやツイッターでのやりとりであることがよくあり…。
” 言った ” というより ” 書いた ” じゃないの?と思います
直接、面と向かってじゃないのね  と…。

ムカついたら、相手に言わずにネットに書くなど
面と向かっての感情の交流が
昔と比べて減っていると感じています。
どうやって人と関わるかというのを、
直接関わりながら工夫するという機会も減っているように思います。
相手がどう思っているかを
ラインやツイッターでチェックしたりして。

言葉で表現できない、赤ちゃんや小さい子どもが
本能のままに求めたり、感情を出したりするのを
感じとって関わっていくという力を育てていく機会も減っていないだろうか…?
という気もしてしまいます。

直接的なコミュニケーションをがっつりと取れる時間という点では
今の子どもたちにとっては
けっこう私と話す場は貴重な場かもしれません。
私が関わることのできる期間は短く、
課題も多い子どもたちに
次の段階に持って行ってもらえるものはどのくらいあるのかな…
とも思いますが、
少しでも次に繋がるように…と願うばかりです。



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 心の持ち方や行動の仕方と
 体調の関係、
 体つきや動作と心の関係…。
 自分なりの
 こたえを見つけることが
 最近のテーマ?な感じ。。
 

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