晴れのちトキドキ曇り。。☆ Part2

書きたくなった時に気ままに思いをつらつらと…。

うまく繋がっていない…

全然まとまっていないのですが、書き始めてみようと思います。

心と身体をつなぐというか、
心から身体を見るというか、身体から心を見るというか。。。

自分の心が何を求めているのかとか、何を訴えているのかとか、
そういうものは感情をたよりにすることである程度わかります。

心が困っているとき、
「 わかったわかった。こうなんだね 」
って自分に言ってあげることもできます。
自分の心に寄り添って見守っていくということも
ある程度できます。

だけど、身体のそれというのが私にはほとんど掴めていないようで…。

身体が困っているとき、
同じような言葉を自分にかけることができていないのです。
できていなかったらしいのです。

先週、治療に行ったとき、先生と言葉を交わして
その日の帰りは珍しくテンションがダダ下がりになりました。

治療が終わっても相変わらず回ることに、焦りや不安を感じた私。
先生は少しずつ良くなっていると言うのですが、実感がありません。
治療中、身体の中のどこかに " 動き " を感じることはあるのですが
それがいい方向に動いているのかどうかということはわからなくて。
先生のことは好きなんですが、
言葉の使い方が違いすぎて理解できない部分も多く、
そして、見ているところが私と違うかもしれない?
と思ったりもするのですが、私には変化がよくわからないのです。

「 本当に大丈夫かな…?良くなる? 」
という類の不安を何度か口にした私に
「 自分の身体を信じてあげて。 」
と言った先生。
「 自分を信じてあげて 」という言葉は、
私がクライエントさんに対していつも願っていたことだし、
そういう言葉をかけたこともあります。
「 私も仕事をしていた時は、そう言っていたけど… 」 と私。
先生のことは、治療してくれる人というだけではなく、
同じ援助職の人というふうにも見えてしまうので
そういう言葉をかけたくなるのもわかるけれど…、でも……、
と私は思ってしまったんですよね。

その後、
「 大丈夫って言ってあげなきゃ 」
というようなことを帰り際に先生に言われて
途端にウルウルしてきた私…。
「 急にワケわかんないですよね
とちょっと焦りながら私が言うと
「 きっと、pさんの細胞が話を聞いていたんだわ 」 と先生
細胞が聞いていたとも言えるかもしれませんが
ウルウルには理由があったんです。



自分の心に目を向け始めた頃、
ふと、自分に対して思ったことがあるんです。
自分で自分に
「 大丈夫だよ 」 って声をかけてあげることってあった?って。
『 なかったかも… 』 と思った時はちょっとショックでした。
その頃から、そう自分に言ってあげられるようにしようと思いました。
心の声をちゃんと聴いてあげようと思いました。

先生の言葉を聞いたとき、そう思った頃の感覚がよみがえったんですね。
自分に言ってあげられなかった悲しさや
そう言ってもらえる自分の中にいる困っていた自分の安堵感。

自分を大事にしているつもりだったのにできていなかったんだ…
と、自分にショックでした…。
何年も前のあの頃と似たようなショック…。
あの頃は気づいてもらえた自分が喜んでいる
という感覚があったように思うのですが、今回は違いました。
気づいても 「 大丈夫 」 と言ってあげる自信がないのです。

心は感情をたよりにすればいいけれど、身体はどうしたらいいの?と。
自分でどうやって面倒をみてやったらいいの?と。

治療に行きながら少しずつそれを学んでいる部分もあるし、
心と身体をつなぐというのが私のテーマでもあるから
今はそれがまだわからないんだ…と。
健康に問題を感じていなかった頃は、根拠のない自信がありました。
「 大丈夫、大丈夫 」 って。
でも、どう大丈夫なのかも実際は感じてなかった気がします。
ウチの親も健康には無頓着だったし、
そういう目を育ててこなかったんですよね。

今はまだ言ってあげられなくても仕方ない、
とちょっと落ち着きはしたけれど…。
でも、気づいてしまったし…。

昔に比べれば、
少しずつ身体に意識を向けるようになってきているし、
向け方も変化はしているけれど、
もう少し何かしてみてもいいかもしれないと思いました。

ここのところ焦点を当てているのは、
筋とか筋膜とかそういう外側のものばかりだから
もう少し内側に焦点を当ててもいいかもしれない、、、と。

心が困っているとき、
心でなく内臓の感覚に焦点を当ててみました。
以前Yahooのブログに少し書いたことがあるのですが、
怒りは肝、喜びは心、いろいろと思ったり考えたりすることは脾、
悲しんだり漠然と悩んだりすることは肺、恐れや驚きは腎
というように、
肝心脾肺腎の五臓と感情には関連があります。( 東洋医学的に )

気の重くなるような事がらを考えて、
内側に意識を向けると
胃のあたりに塊のような重苦しいものを感じました。
東洋医学的には胃と脾はペアなんです。
内側から筋肉を緩める要領で
胃に意識を向けてそれを自分で取ることができないかな?

怖いことを思い浮かべると気?血の気?が下に下がる感じがしました。
腎の担当は身体の下の方なんですよね。
腎の担当しているその部分を損ないそうな気がしました。

何かが気になって落ち着かない感じは胸の辺りに感じます。
これは焦点を当てると
何だか更に落ち着かなくなる気がするのだけど
どうしてかしら?

こういうことを細かくやっていくと
繋がりがわかるようにならないかな…
小さな身体の異常に気づけるようになれないかな…
なんてことを思ったりします。

教科書にはのっていませんが
楽しみ、充実感、幸福感、開放感、
希望、感謝、信頼、愛情などなど。
こういうプラスの感情がどの臓器の感情を癒すんだろう?
ということもちょっと気になります。

こういう感覚に目をむけるのは
私にとってはけっこう難しいことのようです。
私は自分の身体を透明?カラッポ?にすることに
慣れているようなのです。

お腹がすいたとか、眠いとか、疲れたとか、、、。
そういう身体全体が求めるものはもちろんわかりますが
それ以外は本当に意識を向けていないんだなぁと…。
内臓を意識する?というか深いところに目を向けてみた感覚と、
普段、生活している時の私の感覚は全然違うんですよね…。
自分の意識はいつも外側や頭にばかり行きがち、
という感じがします。

自分の心と身体の繋がりがわかるようになると
相手の話を聴きながら同時に、
相手の身体の感じも掴めるようになるのかしら??

それはそれで結構しんどいことかもしれないなぁ……。

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