晴れのちトキドキ曇り。。☆ Part2

書きたくなった時に気ままに思いをつらつらと…。

空気を読むこと

私がしてきたカウンセリングの仕事と、今受けている治療。
共通項はたぶんあると思うのです。
そこからなんとか掴むことができないかなぁと追い求める日々です。
" 共鳴 " という言葉を聴いてから
" 共感 " と似ているのか??とか。

先生と話したときに先生が使った言葉や
先生がしたことを
家族に対してや、バイト先で
『 こんな感じ? 』 と自分なりにイメージしながら加えてみたりしています。

先日は " 共鳴 " を自分なりに勝手にイメージして
それを加えてやってみました。
母親のギックリ腰に対して。
それをしてみて、
母親の身体は微妙にバランスが変化したのですが、
カウンセリングと関連して
ぼんやりと私の中に浮かんだことがあって、
ちょっと言葉にしてみたくなりました。

今日の記事もかなりわけのわからない記事かもしれません

今の私のマイブームは、
仰向けに寝てもらって、股関節のところに掌を差し入れて
そこでその人の身体の動き?を感じて意識で追うことなのですが
先日は、掌で身体に触れつつ、
目を閉じて、母親の周りの空気をボヤーッと意識して、
そこに自分を何となく混ぜ込む?みたいなことを
やってみました。
そして、先生が今までに言っていた言葉を思い出し…。
「 人間の身体なんて穴だらけなのよね 」 とか、
「 エネルギーの質量を感じられるようになるといいわね 」 とか。
『 穴だらけ穴だらけ穴だらけ… 』 と心で唱えながらイメージし、
『 質量?どこか空気の感じが違うところがあるかな… 』 と
感じながら探してみる。

そしたらね、なんとなく空気の違うところがある気がしたんです。
なんとなくでしかないけど、でも、自分の感覚を信じて
ちょっとその重い感じ?かたまりがある感じ?のするところの空気?を
いつも自分の身体を緩めているようなやり方と同じようにして
意識でほどいてみました。
母親には何も言わずにやっていたのですが、
私が母親の周りの空気に自分を混ぜ込んで集中している時だったかな…、
「 なんか、ボワーッと身体が温かくなった 」 と言ったんです。
『 まぢで? 』 って感じでした。
たまたまかもしれないけど、そうでもないのかも???

空気?をほどいた時は身体の動きを追っている時よりも
細かいほつれ方だった気がします。
目を閉じていた私の目は、
先生の目くらい速く動いていたような気もします。
少しは先生と近いものを見られたんでしょうか~???

手で触れて、身体の動きを追う方がラクで、
空気を感じるのは、よくわからないものを探すからか疲れて、
あまり長くできなくて、
時々、掌から直接身体の動きを追って、
時々、空気を感じて、
なんてやっていました。
空気をほどいた?時も、掌に乗っている股関節あたりの
お肉?身体の感じ?バランス?
変化しているような気がしました。
これはまだ、母親にしか試していないのですが、
自分でもわけがわからないというか、
つかみづらいことをしている感じが更に強いので
バイト先とか他では取り入れていません。
もうちょっと身内とかで実験 するか
いつものようにちょびっとだけ取り入れてみるか
ということをしてみようと思っています。

こういうことをやってみて思ったのですが、
共感とはやっぱり少し違うのかなと。

よく 「 空気を読め 」 なんて言いますが、
まさに " 空気を読むこと " なのか???と。

ぼんやりと、
カウンセリングをしている時も似たようなことを
しているかもしれない?と思いました。

クライエントさんの話を聴いているときは、
単に言葉を聴いているわけではないなぁと。
むしろ、その " あいだ " にあるものを感じているというか。

ここからはちょっとこじつけになっちゃうかもしれませんが
" 共鳴 " をキーワードにして
身体に対してやってみたことと、
カウンセリングでしていたことを重ねてみたいと思います。




私はクライエントさんの言葉に対して相槌をうつ時は
クライエントさんの発した言葉のトーンと同じくらいの
高さで 「 うん 」 と応じることが多かった気がします。
それは、無意識に " 共鳴 " させていたのかもしれません。
これは相手の空気に自分の空気を混ぜ込む感じに似ているかもと
思いました。
ずっとずっと相手のトーンに合わせていくことで、
相手の空気やその動きを追っていたところがあった気がします。
トーンを合わせることは、
その人が話したいことが出てきやすいように
心の動きを妨げないようにすること、
それはその人の自然な " 気 " の流れを妨げないように
しながら、空気を読む行為だったのかもしれません。
言葉も、言葉そのものにはそれほど重きを置かず、
それが、その人の空気?、あるいは気?に
どのような影響を与えるのかというようなことが
重要だったような気もします。

昨日も治療に行ってきたのですが、昨日は
触れないで身体を動かすときに、目を開けててもいいですか?と
尋ねて、動かしている様子を、先生の邪魔にならないように
ぼんやりと目を開けながら感じていました。
私の体から50cmくらいは離れたところで操作していたのですが、
うーん……、どうしてあれで動くのかなぁ。

先生の掌に集中している意識の気?みたいなものと
私の周りの空気を共鳴させているんでしょうか???
私の場合だと、
身体にみちびかれるままに追っていって、
かたまりをほどくようなイメージなのですが、
先生はそういう感じではない気がするんですよね。

私と逆なんでしょうか?
うまく流れる状態がわかっていて、
そちらに近づくように操作しているんでしょうか???

カウンセリングだとこれは何に相当するんだろう??

ぐぁ゛ーーっ!!
わからなくなってきた

まあ、そりゃそうだ
という気もするけれど

今日はここまでにしておこう~


☆ コ メ ン ト ☆

長文お返事 (笑)


turtleさん、ありがとうございます~。
わかりにくいお話に参加していただけて嬉しいです~ e-259

自己一致ですかぁ。
私はわりと重視派 ( って変か?i-229 ) だけど、
先生はそうでもなさそうな感じなんですよ。
「 私はあんまり自分を見ないから 」 って言ってたの。
内心 「 えー……?i-195 」 って思った私 i-229
否認しているもの?というか抑圧している感情?というか
そんなものもあるような感じがしていて…。
私が目につきすぎるだけかもしれないけれどねー i-229

鍼灸だと、補瀉というものがあるんです。
患者さんの足りない気を " 補う " とか、
余分なものを瀉す(取り除く)とか。
先生は1つ1つのツボに鍼を接触させてそれをしていますが、
私はまだ鍼でその感覚を感じることが出来ません。
「 お!今補えたぞ! 」 とかわかんないの。
治療してもらってる時も、補われたとか、取り除かれたとかは
わかりません。身体が動いていることがわかるだけで。

思い起こしてみるとカウンセリングでも、
1回1回のカウンセリングで補えた!と思えたことはないかな。
回数を重ねるうちに段々元気になったという感じはあってもね。
瀉の方はカウンセリングだと不安を鎮めるとか痛みを取るとか
そういうことになるのかなぁ?
でもこれも1回のカウンセリングで取ろうとはあまり思ってなかった
気がします。
ムリヤリ当てはめると、表情がホッとした感じになればその時は取り除けていて、笑顔が出れば補えたとか? i-229

身体に触れないで相手を操作してしまえるって何さ???
言葉のやりとりもしないで相手を操作してしまえるって何さ???
と考えてみました。

こちらの目?視線?態度?しぐさ?
相手の話に関心を示すか、そうでないか。
目を合わせたり、合わせなかったり。
話の部分を取り上げるか、スルーするか。
そういうものは、相手を操作するかも。
ひょっとしてこれはこちらの " 気 " ?

ちょっと近づいてきたかな???

今日はここまで~ i-229
またお付き合いください~ v-435

pさん、こんばんはー。
いつも興味深く拝読していますv-238

カウンセリングだと何に相当するのか・・・の話。
ふっと 「自己一致」 という言葉が、浮かびました。
手がかりになるか分かりませんけど・・・。
また続編?を、楽しみにしています!

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