晴れのちトキドキ曇り。。☆ Part2

書きたくなった時に気ままに思いをつらつらと…。

疲れる…

ひさびさにメンタル系グチ記事 ( 恐らく… ) を書こうと思います。
ここのところずーっとガーデニング blog と化していたしー。

思ったことをまとめて出すので、長くなりますが

鍼灸の学校を卒業して3年目。
卒業してからほぼ毎週通っている鍼の勉強会。
それを主催している先生に対するモヤモヤがなくなりませんっっ!!
ここにも何度か記事を書いてきたんですが、最近なんだか超疲れるカンジ!!!
なのです…。はぁ~~… 

そこに参加しているメンバーは、
先生のことをすっごく尊敬していて、崇拝している感じの人も少なくありません。
モヤモヤしている私がおかしいのか??と不安になります

前にも書きましたが、先生は人の話をあまり聴きません。
患者さんの話も聞いて振り回されるな、聞いているふりをすればよい
というようなことを言ったり、
自分の症状を延々と訴える患者さんのことを困った患者さんのように言ったり…。
先生一人がそう思うのなら別にいいんですが、
それを他のメンバーに指導者的な立場から伝えるし、
笑いながら言うから、ちょっとバカにしているようにも感じられるし
もう、そんな時はモヤモヤ感はピークです
先生の対処が悪いんじゃん!!
患者さんの不安を感じ取ってあげんからでしょ!!
なんでそんなふうに受け止めるのかわからん!!
相手を悪者にすんな!!
と言いたい気持ちになるのですが、言えません…
先生は、" 聴かない " ではなくて
たぶん " 聴けない " のだと思うのです…。

先生は " 聴かない " やり方で作り上げてきた人間観、治療観、勉強法。
私は " 聴くことをもっとも大事にして " 作り上げてきた人間観、治療観、勉強法。
全然違うんですよね…。
私は生き生きとした人間関係のやりとりから学びたいと思うけれど、
先生は本がもっとも大事。
先生が、〇〇すべきというようなことを話すと、私には合わないので
それを聞き流さないといけないんですが、その作業がとっても疲れるのです…
メンバーの誰かに同意を求めたりするんですよね…。
「 でしょ? 」 みたいに…。
「 そうですね! 」 みたいに同意する人が少なくないのでよけいに疲れるのです…

それから、最近気づいたのですが
私は " 嬉しい " を軸に生きている人が好きらしいのです。
私もたぶん " 嬉しい " を軸に生きています。
" 楽しむ " ことは大事だし、
楽しめない人にはあまり魅力を感じません。
でも " 楽しい " を軸に生きている人はあまり好きじゃないらしいのです。

この話を、治療をしてもらっている鍼の先生に話したら
「 それ ( 嬉しい ) って私よ 」 と。
そうそうって私も思いました。
だから私は先生を選んでいるのだと思います。

勉強会の先生は、
鍼が 「 楽しくて仕方ない 」 ということをよく言われます。
楽しんで生きている人は好きなので、
初めの頃は 『 へー ( いいなぁ ) 』 と聴いていましたが
だんだん " 楽しい " が過ぎることにモヤモヤする自分が出てきました。
自分が楽しいということにばかり焦点があたってない?と。
嬉しいということも言われるのですが、それも楽しそうで、
嬉しそうには感じられないのです。

" 楽しい " を軸に生きている人は、
どこか他人の痛みに鈍感に見えてしまうのです。
ちょっと無神経に見えてしまうのです。
特に、辛くて治療に来ている患者さんの話をしている時に
その無神経さを感じてイラッとしてしまうのです…。
先生の鍼の楽しさは、辛い患者さんがいることとセットなんだけど!と…。

勉強会のメンバーは、その " 楽しむ " ことも上手ではなさそうな人が
多いように感じています。
純粋に先生の楽しんでいる感じに憧れているように私には見えます。
その中にいるとなんだかとってもアウェイ感……

先日は、勉強会のメンバーの一人 ( 女性 ) が
身内が病気で鍼の治療をしようか迷ってしまう、
怖いと感じてしまうという話をしました。



彼女は以前、西洋医学では治療がうまくいかない友人の鍼治療をして、
その友人がいったん症状が悪くなったことがあったという経験を
私に話してくれたことがありました。
でも、それは彼女の鍼が原因かどうかは実際はわからないのです。
でも、鍼で効果が出るということは
悪くなる可能性もあるということだと私は思うのです。
私は彼女の " 怖い " という気持ちは理解できました。

その時、その場にいたメンバーの何人かが
「 治療してあげた方がいい 」 という意見を彼女に言いました。
「 やってもらったら嬉しいはず 」 と。
実際に症状の重い身内の治療をした。その後、亡くなってしまったけど、
それは良い経験になったと言いました。

鍼をしたおかげで、楽に亡くなったという人も…。
本当に鍼のおかげと言い切れる?
そう思いたいだけではないかとは考えた?
と思ってしまう私。

話を聴いていてモヤモヤしていたのは、私だけだったんでしょうか…。
意見を言った人たちは " 治療家として " どうだったか、
" 治療家として " 役に立ったと語っているように私には感じられました。
メンバーは男性が多く、これらの意見を言ったのも男性です。
先生 ( 男性 ) もこれらに同意していました。
" 良い経験 " が、そんなに必要?誰のための治療なの?
自分の役に立つかどうかより、本当に相手の役に立つかが大事じゃないの?
本当に相手が望んでいるのでなければ
ただの自己満足じゃないの?と私は思ってしまうのです。
何もリスクがないのなら、彼女も悩まないと思います。

私は彼女は、治療家でもあるけれど、
プライベートではただの人だと思うので、その人としての彼女が
怖いと感じるのであれば、その彼女の気持ちは大事にしてあげるべきだと
思うのです。
治療家という仕事を選ぶ人は、
" 救ってあげなければ " と考えがちだと思うし
そういう手段を持っているから、自分に何かできれば…と
辛くなってしまう。
親族であり、治療家であり…。
しんどいだろうなと思います。
私は自分なら、
どういう時にはどちらの立場で、というふうに
どういう時に治療するか自分で線引きをすると思うと彼女に言いました。
いついかなる時も治療家でいるなんて私にはムリだから。
手を出せない時があってもいい、
自分は一人の人として無力だということを感じてもいいと
思うのです。

" 治療してあげた方がよい " という空気の中で
そう話すのはちょっとしんどかったのですが、
彼女はけっこう 「 うん、うん 」 と頷いてくれて
今日は親族!今日は治療家!( 実際の言葉はちょっと違いますが )
というようにしてみようと思うと。
ここで話してみて、
自分がこんなに辛かったんだということがわかったと。

感覚の違いを感じることが多いメンバーの中で、
この彼女は、私にとってはいちばんホッとする人なのです。
勉強会に参加していて、笑うところがいつも似ているの。
私のアウェイ感をやわらげてくれる存在なのです
他の参加者の人たちにはあまり良く思われなかったかもしれませんが、
彼女には私の思いが伝わって良かった。。。と思いました。

勉強会に参加していても、
私は先生のようになろうとはしていません。
尊敬はしているけれど、憧れの気持ちはないし、目標でもありません。
他の参加者とはけっこう意識が違っているかも…と感じることが多いです。
私は先生とやり方は違うけれど、やはり刺さずに治療する
別の先生に治療を受けていて、そちらの先生の方が好きだから…。
勉強会の先生が全てというふうではないんですよね…。

違うところがたくさん見えるようになってくると、
同じようにしろと言われることが ( 暗に求められると )
とても苦痛に感じるようになってきて…
人数が少人数なのでちょっとしんどいのですよね。
多ければ、自分と感覚の近い人も増えると思うのですが…。

自分を保ちながら、そして自分を知ってもらいながら
重なる部分で高め合っていければいいなと…。
何かを学ぶ時は、自分を壊すということも含むので
そのバランスが難しいです…

はぁ…
疲れるーー!!!

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