晴れのちトキドキ曇り。。☆ Part2

書きたくなった時に気ままに思いをつらつらと…。

モヤモヤ、イライラするのは……

久々にメンタル系?の記事を書いてみようかと。。。

私自身が
関わっていてモヤモヤ、イライラする人がいます。
また、他人とトラブルを起こしがちな人がいます。

そういう人に共通していることがあるかも…と
最近思ったことを書いてみたいと思います。

大雑把に言ってしまうと、
自分が動かずに、周りを動かそうとする傾向があるなということ。
それは自分の身体を使わなかったり、
使えなかったりするからというのもあるかな…と思うのです。
こちらが知らないだけで、
目に見えない障害がある方も中にはいらっしゃるかもしれませんが。

「 聞く 」 と 「 聴く 」
「 見る 」 と 「 視る 」

どちらも 「 みる 」 だし、どちらも 「 きく 」 です。
人の話をちゃんと 「 きく 」 という時は
後者を使うことがふさわしいと言われますね。
「 みる 」 は、明確には区別されないようですが
後者の場合、注視する・凝視するという熟語もあるように
より注意して視線を注ぐ、といった意味合いで使われることが多いようです。

なぜ、聴くと視るを例に挙げたかというと、
先に書いた
私がモヤモヤ、イライラしやすい人、
他人とトラブルを起こしがちな人に共通することの1つだと思ったからです。

障害がなければ
目も耳も使うことができて、見えるし、聞こえます。
見えるのに視ていない、聞こえるのに聴いていないと感じることが多く、
ちゃんとみた?
ちゃんときいた?
と問いたくなるのです。
見えると視るを混同していたり、
聞こえると聴くを混同していることが少なくないように感じます。

その人に何らかのしみ込んだ 「思い込み 」 がある場合、
視るや聴くを放棄してる?ようにさえ感じることもあります。

人はもともと備わっている、
見える機能、聞こえる機能を使いながら
視て、聴いて、受動性から能動性へと、
受動的であったり能動的であったり選ぶことができるようにと
成長していくものなのではないかなぁと思うのです。
子どもは親を見て、親から聞き、
親以外の人と出会うにつれ、
視ることや聴くことを育てていくのだと思うのです。
また、そういう機会が増えることで
自分が親以外にも、様々な人から支えられていることに
気づいていくのではないかなぁと思うのです。

視る、聴くというのは
知るということとの繋がりも大きいのではないかなぁ。

大人である私の周囲にいるのは大人がほとんどです。
視よう、聴こうということを普通にしている方には
私はあまり、モヤモヤしたりイライラしたりしていない気がします。
イラッとか、モヤッとか、瞬間的なものは当然ありますけど
私がモヤモヤしたりイライラしたりするのは、
その相手の中にあるモヤモヤしたりイライラしたりしている感情が
感染するからなのかもしれません。

視て、聴く機会が増えるほどに
見える範囲も広がります。
視野が広くなります。
よく見えれば、つまづいて転んで大けがをすることも少なくなります。
そういう実感を重ねている人は
危険を回避することに必死でもないから、
ゆとりがあるし、自然に周囲を思いやる気持ちを持っているように感じます。

視て、聴くということをしないで年齢だけ重ねると
見える範囲が狭く、不安ではないでしょうか。
モヤモヤしたり、イライラしたりすることも少なくないのではないでしょうか。
年齢を重ねていくほど、周囲との差を感じて
見えない自分と向き合うことがしんどくなるのではないかとも思います。
視る、聴くことに取り組まず
周囲を操作しようとしたり、
攻撃したりして自分の身を守ろうとすることもあるのではないかと思います。

今回の記事は、障害のある方のことは考えずに書いたのですが
注意深く視ることや聴くことが苦手だといわれる障害があります。
注意深く視られなくなる、聴くことができなくなることは
ゆとりがなくなれば誰にでもありうるし、
成長の過程でその部分を意識して過ごしてきた人も少なくないと思います。
障害のある方のことを説明するときに
今回記事にしたことを思い出すことは役に立つかもしれないな…と
思ったりもしました。



☆ コ メ ン ト ☆

mi2a さん

大人になってからの友人とのいざこざは
けっこうしんどいですよね…。
以前にこのブログでも書いたのですが
私も仲の良かった職場の人とかなり険悪になり
それっきりになってしまいました。

どちらが悪かったとかではないんじゃないかと
今の私は思っていますが、相手はどうなのかな……。
もともと仲が良かったのなら、
人なんてそんなに大きくは変わらないと思うから、
タイミングが悪かっただけじゃないかな…って。

せつないね。

今からちょうど一年くらい前に絶縁した友達がいまして。

”視て、聴くということをしないで年齢だけ重ねると”
”不安”になって、”周囲を操作しようとしたり、
攻撃したりして自分の身を守ろうとする”
という部分を拝読して、「ああ~、彼女がハメを外して私に攻撃的だったのはそうだったのか」と納得しました。
その子とは仲良かったんですが、時々ひどい暴言を吐くようになっていたんですよね。
色々精神的に安定してないのを知っていたので、多少は・・・と思って我慢していたのですが、ある日とうとう我慢できなくなって。喧嘩、というより、あなたがやっていることは目にあまる、という手紙を書いたら、ぷっつり連絡が来なくなりまして。
こうなることは予想していたので、仕方ないなとは思っていたのですが、この一年いつもどこかで、なぜ彼女はあそこまで暴言を吐かずにいられなかったのか、と気になっていました。
今は、彼女の中で何かが認められなかったんだろうな~って思っています。
だからといって、許し過ぎてた私もいけなかったんでしょうけど。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://konekonohirune.blog41.fc2.com/tb.php/575-46c563fa

 | HOME | 

☆ calendar

« | 2017-11 | »
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

☆ Monthly

  

☆ Categories

☆ BlogPet

☆ Recent Entries

☆ Recent Comments

☆ Recent Trackbacks

☆ Author

papierluftballon

papierluftballon

 心の持ち方や行動の仕方と
 体調の関係、
 体つきや動作と心の関係…。
 自分なりの
 こたえを見つけることが
 最近のテーマ?な感じ。。
 

FC2Ad