晴れのちトキドキ曇り。。☆ Part2

書きたくなった時に気ままに思いをつらつらと…。

恐い感じではなかったのですが…

10月さんの今日の記事 「恐かったこと」 を読んで、
コメント書こうかな?と思ったんですが、
ちょっと色が違う感じがしたので自分の記事として書こうと思います。

10月さんと似たような?ことを感じる経験を最近、私もしたので……。
ある朝、うちの猫がいつもの様子と違ってやけに落ち着きがなかったんですよ。
よく鳴くし、ウロウロと歩くし、
いつもは(怒られるから)入らない部屋にドドドーッと入ってくし…。
その様子を見て、
「ちょっと~、地震とか起こらないよねぇ…」と家族に話していた私。
そんなことを職場でも話していたんですが、結局地震は起こりませんでした。

でもね、、その日の夜だったんです。
私が同じところに通っていた友人から先生が亡くなったことを知らされたのは…。
先生は当然、その日友人の予約が入っていたことは知っていたと思うんですよね。
「今日、彼女から聞くことになると思うけど…」と
朝、言いに来てくれたんじゃないか、、。
後で、ちょっとそんなふうに思ってしまいました。

私は、今までそういうことを信じる方ではありませんでした。
身近な人を亡くしたことも今回が初めてで、
人から亡くなった人の声を聞いたとか、姿を感じるとか、
そういう話を聞いても、
自分が体験したことがないので
『 そんなこともあるのかなぁ~ 』 と半信半疑で…。

でも、自分がこんな経験をすると
あるのかもしれないな…と思うようになるんですね…。
責任感の強い先生だったから、
治療の途中だった私のことを今も気にして
近くで見ててくれているんじゃないかと思ったり…。

そう思うと、
先生に恥ずかしくないように生きなきゃと思ったり、、、
せっかくメンテナンスしてもらった体だから維持するようにしなくっちゃと思ったり、、、。
でも、なかなかそういうふうにはできない自分がいて葛藤してる…。
つい体に悪いことをしたりしてしまう自分に落ち込んだり、悲しくなったり…。
『 何やってるんだろ… 』 って…。
そう友だちに話すと、「先生は責めなかったじゃん」って言ってくれるんだけど、、。
確かにそうだったんだけど…。
自分の生き方を見直す機会なのかもしれないと思ったりもしたりして……。

こんな感じでグルグルしながら過ごしていました。
最近、江原啓之とか美輪明宏とかの番組を見る時も
つい自分に置きかえて見ていたり、
以前と違う自分を感じています。
先生とまだ繋がっていたいという思いと、
今は確かめることができなくなってしまった先生のこと、
知りたい、感じたい、という思いがそうさせるのかもしれません。

先月、先生が亡くなってから初めて友人とお宅に伺いました。
お昼を先生のお家の近くのお店で食べてから行ったのですが、
お店に入ったとき、お店の人に
「3名さまですか?」と聞かれました。
「先生?」と顔を見合わせた私たち。
近くに人はいなかったし、
先生だったんじゃないかなと私は今でも思っています。

☆ コ メ ン ト ☆

あの震災に遭われたんですね

その場から離れたところにいた私が
感じられることはほんの一部でしかないのですが…。

ぎんぺーさんのコメントを読んで
「 生かされている 」 という言葉が浮かびました。
たくさんの人に支えられて、励まされて
人は生きているんですよね。。
震災の時のぎんぺーさんのように、そういうことを実感していてこそ、
生かされている自分や
人のために、行動できるんじゃないか…、という気がしました。

そして、「 あの時の気持ちをずっと忘れない 」 という、、
そんな経験をどれだけできるだろう。。
自分はそんな場面をいくつ思い出せるだろう。。
と、そんなことも思いました。
自分の気持ちが戻ることができる、そんな場所がたくさんある
ということは幸せなことだと思います。
私にとっては、先生との時間もそうですね。。
忘れない、というより多分、忘れることができない、かな…。

>僕も先生がなくなられたことに対しては、
>今もって言葉がみつかりません…。
>でもこのブログを通して、
>僕も間接的に勉強させてもらったことはたくさんありましたよ!

どうもありがとう。。
ぎんぺーさんが、先生と同じ仕事をしてらっしゃるということがわかって、
親しみが増したことを覚えています。
私が楽しんで通っている感じや先生とのやりとりを、
ぎんぺーさんの体験と重ねあわせながら
読んで下さってるんだろうなぁと思ってました。
今でも先生の手の感覚とか、まだ思い出せるんですよ。
本当に悲しかったです。
ぎんぺーさんもどうかお体を大事にして下さいね。

>papierluftballonさんが1ヶ月前にそっと閉まった引き出しを
>開けてしまっていたのならごめんなさいね

久しぶりに思い出して、コメント書きながら泣いちゃった。
でも、大丈夫ですよ (^ ^)。
先生と久しぶりに会えた気がして嬉しかったです。

追伸:
 私のお返事もいつもズレまくってますから (^_^;)
 ズレているとか、全~然お気になさらないで下さいね。
 お互い仲良くズレましょう!(あぁ、これで私もズレても大丈夫v-344
 それに、いつの記事だとしても、
 私は 「 書き込んで下さること 」 が嬉しいです。
 ありがとうございました (^-^)。

時期も内容もズレちゃってますが

2006年も11%が過ぎたのに、こんな前の記事におじゃましてすみません。
この時期、自分の頭にぽわんと浮かんだ思いがありましたが、うまくまとまらなかったし、この記事そのものとはズレたコメントになると思い、そのまま…。

ここ10日ほどパソコンを修理に出していて、さっそくこのブログを開いた勢いで(失礼?)書いてみようかな、と。

僕も先生がなくなられたことに対しては、今もって言葉がみつかりません…。
でもこのブログを通して、僕も間接的に勉強させてもらったことはたくさんありましたよ! 不思議な経験も怖くないことなら受け入れられますね。

自分は親孝行するまえに父親をなくしていますが、その存在を感じたことは特にありません。というか、感じていたら普段のダラダラな生活が恥ずかしくなるでしょうけど。でも・・・

以前、別の仕事をしていたとき、僕は7年間ほど神戸に住んでいました。1ルームの部屋で布団を敷いて寝ていたある朝・・・あの震災に遭いました。
揺れている最中はまったく周りが見えていませんでしたが、揺れがおさまり飛び起きてみると、あらゆる物が部屋中に散乱していて、枕のほんの20センチ上にはテレビが倒れていました…! ですが寝ていた布団の上だけはきれいに何も落ちてこなかったのです。 このとき「ああ、守られた!」と思いました。何にとか誰にとかは分からないのですが。
まあ、偶然だったのでしょうが、その後いろいろな惨状を目にして、強く思いました。「キズひとつなかったことに感謝しよう」と。(何にとか誰にとかではないけど)

ただ本当に「つながり」を感じたのは、それからの生活。職場の仲間、仕事やプライベートで知り合った人たち、そして見ず知らずの人たち。たくさんの人のお世話になりました。僕自身もなにかできることはないか毎日さがしては行動していました。 全国からもたくさん援助に来ていただいたし、神戸の人たち本当にみんな助け合い、がんばっていましたよ!
あの経験はもうしたくないけど、あのときの気持ちはずっと忘れません。
ちなみに今住んでいるところは、何年も前から東海地震の危機が叫ばれている地方です…。

・・・と自分のことを長々と書いて、papierluftballonさんが1ヶ月前にそっと閉まった引き出しを開けてしまっていたのならごめんなさいね。(しかもグダグダの文章で)

ありがとうね

嬉しかったです。
turtleさん。。

「言葉が浮かばない」「うまく言えない」
という言葉からたくさんの思いやりをもらいました。
そう伝えてくれてありがとうね。
私の記事を、気持ちを、自分のことのように感じながら
きっと読んでくれたんだろうな。。と思いました。

先生のことを思い出すと涙が出てきちゃうんだけど、
でも思い出したいみたい。

日常生活の中では、先生の思い出を話す機会はないから。。
10月さんの記事や、このturtleさんのコメントをきっかけに
思い出すことができて。。

きっかけをくれてありがとうね。

ずっと、papierluftballonさんの悲しみとか色々な思いに対して、気になっていてコメントを入れたかったけど、でも言葉も浮かばないし、どうしていいかわからなくて…遅くなってしまいました。
今回は、10月さんの陰にかくれて、こっそり、なら、少し書けそうな気がしたという感じです。
前のブログは、リアルタイムで読ませてもらってたわけではないけれど、そんな大切な先生が…と思うと…。あー、やっぱり、うまく言えないです。
これからも、あまりコメントとしては書けないかもしれないけど…もしpapierluftballonさんが大切な思いを書かれていたら、言葉は出ないけど、私もいつも読ませてもらってますので…。

あ、、何かが背中に…(笑)

今、オーラの泉、見てしまいました。あは。。。

>と同時に、なかなか、不思議なこともあるのだなぁ・・・と思いました。

ホント、不思議です。
こういうのって、自分の思い込みが見せるものなんじゃないかなぁ
と思ったりしてましたもん、私。
猫のことはたまたまの偶然を私が結びつけただけかもしれないけど
「3名さまですか?」にはびっくり。
別の日ならそうは思わなかったかもしれないけれど。

やっぱりあるのかもしれない…。
ある、と考えた方が今は幸せだし。
コワイ方のは来なくていいケドね (^_^;)。
あ、でも、「ある」と考えるとなると、
そのコワイというものも見方が変わるのかなぁ。。

>pさんがこの記事で書きたかったのは「不思議な出来事」という
>ところよりも、その先生とのつながりがどんなに「大切」なもの
>だったのか、ということなんだろうな・・・と

そのどちらもだと思う。
でも、大切であることも、喪失感がなくなっていないのも
確かだから。。
10月さんが、そういうふうに受け取ってくれたのは
私の気持ちをとても大事にしてくれている感じがして嬉しいです。
ありがとう。

・・・というわけで、コメントに来たんですけれども・・・。

papierluftballonさんの(久しぶりに打ったらスペルが怪しかった・・・笑)喪失感?が伝わってくるお話ですね。

と同時に、なかなか、不思議なこともあるのだなぁ・・・と思いました。

何か、やっぱり、「見える世界」だけではない・・・もう一つのチャンネルの存在を信じたくなっちゃうことってありますよね。

うちのブログの6月2日の記事や、そのコメント欄で、そういう・・・「何か」を感じるという話が出ていたことがあります。

・・・と、でも、pさんがこの記事で書きたかったのは「不思議な出来事」というところよりも、その先生とのつながりがどんなに「大切」なものだったのか、ということなんだろうな・・・と思いました。

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